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豊岡周辺の「サクラ」をお楽しみください。

 

 

 

豊岡観光協会のフェースブックものぞいてみてください。豊岡の話題や、最新情報などを、随時更新してお知らせしています。

 

豊岡市内のサクラも少し早めのように見ごろを迎えました。

豊岡周辺のサクラを訪ねて、青空の下で「密」をさけて、のんびりと「お花見」と「まちなか散策」はいかがですか。

 

写真はいずれも資料写真です

 

昨年に引き続き今年も「大師山自然公園」の「大師山桜まつり」は今年は中止になりました。

 

 

 

 

「大師山公園」には山麓に植えられた約1000本の桜が咲きそろいます。

 

 

 

「神武山公園」は水道タンクがなくなり広場がきれいになりました。

 神武山公園の南山麓広場には、豊岡藩士の子として生まれた詩人「塩井雨江」の文学碑があります。ほかにも「文学のこみち」として、「今 東光」・「藤井重夫」・「京極杞陽」など多くの文学碑、句碑などがあります。山麓一帯をぐるっとゆっくりと回ってみましょう。

 

「神武山公園」の 「文学のこみち」(PDF)

 

豊岡まちなかの桜は「神武山公園」、「山王公園」、「中央公園市民会館周辺」、「中央公園弥栄広場周辺」などがよく知られていますが、その他にも元町の「御霊神社」や「豊岡小学校」、愛宕山下の「六方水門付近」、「久々比神社」、新田地区の「六方川堤防」、「木内地区広場」、神美地区の「中嶋神社」、「神美小学校」、中筋地区引野の「大師山公園」、ほかにも「但馬文教府」の登り口や「市民グラウンド周辺」、港方面の「円山川公苑」や日和山近くの「海岸道路沿線」など知られざる見どころがたくさんあります。

 

あなたの近くにも素敵なエリアがありませんか。

 

「レンタサイクル」で、サクラのほかにもいろんな見どころめぐりはいかがでしょう。

「レンタサイクル」は「カバンストリート」の「とよぶら」にあります。

 

 

「中央公園市民会館周辺」

 

「山王公園」


 

「御霊神社」

 

「豊岡小学校正門」

 

「豊岡南中学校前・大磯川周辺」

 

「中央公園弥栄広場」

 

「六方川堤防・河谷付近」

 

「六方川・木内付近」

 

 

「六方川・駄坂付近」

 

「久々比神社」

 

「愛宕山下・六方水門付近」

 

「中嶋神社」

 

「森尾古墳」

 

 

 

「気比川河岸」は八重桜で、時期は時期が少し後になります。

 

 

 

 

第47回出石そば喰い大会開催要項
団体戦、家庭円満戦の申し込み受付は終了しました。多数の応募ありがとうございました。 ■日時 平成31年4月21日(日) 午前11時スタート ■場所 豊岡市役所出石庁舎前広場 (雨天決行) ■大会種目 個人戦(当日受付先着 […]
ひょうごの「豊かで美しい海」再生へ向けての活動報告会の開催

ひょうごの「豊かで美しい海」再生へ向けての活動報告会の開催 平成 27 年 10 月に瀬戸内海環境保全特別措置法が改正され、沿岸域の良好な環境の保全、再 生及び創出など、兵庫の海を「豊かな海」とするための取組の推進が求められています。 そこで、海への理解を深め、豊かで美しい海を未来へ引き継いでいくために、海でさまざ まな取組をしている漁業者、高校生、地域団体等の活動事例を紹介する報告会を、下記の とおり開催します。

日本海側からは唯一竹野海岸にある「竹野海岸を美しくする会」が発表します。

ぜひお越しください。

 

日時 平成 31 年3月 19 日(火)13:30~15:40
2 場所 神戸市教育会館 6階 大ホール(神戸市中央区中山手通4-10-5)
3 内容 (1) 第1部 ポスターセッション 第2部で活動報告をおこなう団体に加え、以下の団体
から活動を紹介。
・尼崎運河○○ まるまる クラブ ・(特非)アマモ種子バンク ・Gata girl ・須磨里海の会
第2部 活動報告 地域で豊かな海をつくるために活動している団体から取組を報告。
4 主催・共催 (主催)兵庫県 (共催)ひょうご環境保全連絡会、
ひょうご豊かな海発信プロジェクト協議会、 (公財)ひょうご環境創造協会
5 参加方法等
(1) 参加費:無料
(2) 参加方法:事前申込制 参加申込書(チラシ裏面)により
3月 12 日(火)までにお申込ください。
なお、定員(120 名)になり次第締め切らせていただきます。
※当日受付可能

HP ひょうごの「豊かで美しい海」再生へ向けての活動報告会https://hyogo.uminohi.jp/event/%E3%81%B2%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%94%E3%81%AE%E3%80%8C%E8%B1%8A%E3%81%8B%E3%81%A7%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E6%B5%B7%E3%80%8D%E5%86%8D%E7%94%9F%E3%81%B8%E5%90%91%E3%81%91%E3%81%A6%E3%81%AE%E6%B4%BB/

⇩チラシPDFデータ⇩
20190319兵庫県発表会

有子山登頂ツアー2019
[有子山登頂ツアー]  日時:平成31年4月6日8時半より  内容:城の日に有子山城登頂ツアーの実施 ガイド:西尾先生  集合:家老屋敷前
「とよおかの春」を呼ぶ「本町稲荷」の「初午祭」

 

豊岡観光協会のフェイスブックをのぞいてみてください。豊岡の話題や、最新情報などを、随時更新してお知らせしています。

 

 

但馬に春を告げる「出石初午大祭」は、3月15日(金)から17日(日)にかけて、豊岡市出石町の出石城址周辺で開催されますが、一足早く「豊岡のまちなか」でも、3月9日(土)に「本町稲荷」の「初午祭」が開催されます。

 

 

 

 

 

 

 

午後3時から神事があり、「大福引」や「おでん、たこ焼き」などの屋台、夕方には「もちまき」があり、毎年多くの参拝があります。

 

 

 

「本町稲荷」は「豊岡稲荷」ともいわれますが、豊岡の城下町の一隅、「神武山(じんむさん)公園」の北麓、豊岡市京町(旧町名:本町)にあります。

 

江戸時代、寛文8年(1668年)の創建といわれ、明治6年に村社になっています。

 

主祭神として、「宇賀魂命(うがたまのみこと)」を祀る「正一位稲荷大明神」ですが、境内には菅原道真を祭る天満宮(天神さん)も祀られ、毎年夏の7月25日には、「天神祭り」が行われています。

 

豊岡藩主となった「京極氏」が豊岡に転封されたときに勧請されたといわれますが、現在は「本区」を中心とした氏子さんたちが維持管理や祭礼の主催をしています。

 

 

元禄時代の豊岡城下町絵図にも当時の姿が記されています。

 

 

中段の左にある小さい池の右隣です。中央を東西(左右)に走る道路は、今も絵図の面影が残っています。

 

現在は、左端の折れ曲がったところから、三坂を登って豊岡高校方面から桜町に至る道路が通っています。

「とよおかの春」を呼ぶ「本町稲荷」の「初午祭」

 

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「豊岡のまちなか」に春を告げるといわれる「本町稲荷」の「初午祭」が3月11日に開催されます。

 

餅まき、福引、夜店屋台も復活しますが、「新型コロナウイルス」の感染防止にご協力ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本町稲荷」は「豊岡稲荷」ともいわれますが、豊岡の城下町の一隅、「神武山(じんむさん)公園」の北麓、豊岡市京町(旧町名:本町)にあります。

 

江戸時代、寛文8年(1668年)の創建といわれ、明治6年に村社になっています。

 

主祭神として、「宇賀魂命(うがたまのみこと)」を祀る「正一位稲荷大明神」ですが、境内には菅原道真を祭る天満宮(天神さん)も祀られ、毎年夏の7月25日には、「天神祭り」が行われています。

 

豊岡藩主となった「京極氏」が豊岡に転封されたときに勧請されたといわれますが、現在は「本区」を中心とした氏子さんたちが維持管理や祭礼の主催をしています。

 

 

元禄時代の豊岡城下町絵図にも当時の姿が記されています。

 

 

中段の左にある小さい池の右隣です。中央を東西(左右)に走る道路は、今も絵図の面影が残っています。

 

現在は、左端の折れ曲がったところから、三坂を登って豊岡高校方面から桜町に至る道路が通っています。

「 第33回北前まつり」開催日のお知らせ

2019年5月3日(金・祝)開催

竹野では、「にぎわい、ふれあい北前船の里」をテーマに北前まつりを開催しています。今年のまつりも地域住民が一体となって行います。

北前船パレードやステージイベント、バザーなど盛りだくさん。

ぜひ、今年もご家族、知人、みなさまで竹野浜へお越しいただき楽しい時間をお過ごしください。

※詳しくは添付のチラシをご覧ください。

【お問合せ】

北前まつり実行委員会事務局

〒669-6201豊岡市竹野町竹野50-12(北前館内)

TEL0796-47―2020 FAX0796-47-2021

 

PDFファイルはコチラ

↓↓↓

kitamae_2019

「赤石・千本もちつき」と「潮垣(しおがき)」のおはなし

今年は、当初心配していたよりも雪が少ないですが、まだ寒い日が来ることも考えられます。
但馬地域の国道の状況は、「豊岡河川国道事務所」のホームページ をご覧ください。

兵庫県の道路状況がよくわかる「兵庫県道路総合管理システム」の道路情報は こちら をごらんください。

但馬地方の雪情報は、「たじま情報特急」のホームページ、「たじま雪ゆき情報」や天気予報のページを参考にしてください。「たじま雪ゆき情報」は、こちら

 

豊岡観光協会のフェースブックものぞいてみてください。豊岡の話題や、積雪情報などを、随時更新してお知らせしています。

 

 

最近では珍しくなった「千本もちつき」が、豊岡市赤石の兵主神社で行われます。

2月17日(日)、朝早くから地元の氏子たちが、五穀豊穣・無病息災・家内安全などを祈願しながら、1回に4斗を蒸すことができる大きな蒸し桶でもち米を蒸しあげ、午前10時ごろから4人のつき手が、順序良く「ホイ、ホイ」と気を合わせて、棒状の杵を使ってつきあげます。

写真は、以前のもちつきのようすです。

 

もちつきに先立って、氏子たちによりお堂のまわりを回って、千本のお札を納める「おせんどさん」とよばれるお参りがあります。

つきあがったもちは、あんもちにして神前にお供えし、11時ごろから神事が行われます。

神事が終われば、あんもちを各家庭に持ち帰って、家族みんなで健康と安全を願いながらいただきます。

神社の参道横には、「赤石」という地名のもとになったといわれる「赤い石」がみられます。

 

この地域には、「潮垣」の昔ばなしが伝わっています。

近年まで、円山川に近いこの地域は、深い沼地の田であり、現在のように土地改良がされるまでは、腰まで泥につかりながら「田舟」を使いながら苦労して稲作をしていました。

 

その昔のお話です。

毎年、夏になり日照りが続くと、円山川から海の塩水が上がってきて、田畑が枯れてしまい、農民はみな困っていました。

ある日、どこからかやってきたおさむらいが、村人の難儀を見かね、海水を防ぐ堤防「潮垣」を作るよう知恵を授けました。

しかし、農民たちは生活に余裕もなく、ましてや資金もないので、誰もこのとほうもない話に乗りませんでした。

そこでおさむらいは、「工事にかかる金は知り合いが助けてくれることになったので、心配はいらない。」と村人を説得し、工事にとりかかりました。

完成間近になって村人がお金の心配をすると、「もうすぐ金がこう。(お金が来るだろう)。」といって、かまわず工事を進めさせました。

りっぱな堤防が完成したので、村人がもう一度催促すると、さむらいは「あれはウソだ。こういわないとだれも取りかからないので、悪いがみんなをだまして工事をさせた。」と言って、いきなり腹を切って自害してしまいました。

村人たちはびっくりしましたが、りっぱな「潮垣」のおかげで、今まで毎年悩まされていた塩水の心配がなくなり、おコメもたくさん取れるようになりました。

村人たちは、誰とも知れないおさむらいに感謝し、その霊を弔うため地元の兵主神社の境内に「若宮神社」を建て、毎年供養するようになったということです。

「但馬の昔話2」(加芝輝子著・豊岡市立図書館蔵)参考

 

 

兵主神社は、地元の人によると天智天皇白鳳時代の創建と言われ、醍醐天皇の時代延長9年(927年)にまとめられた「延喜式」にその名があるそうです。

もちつきの由来は、昭和27年の火災のため資料が残っていませんが、約220年前の寛政5年(1793年)に神社を再建した時の棟札に「八五郎 餅米壱俵」の記載がみられるので、そのころすでにもちつきは行われていたのではないかと言われています。

「千本もちつき」は、建物や堤の工事などの時の「土がため」のようすをあらわしているともいわれますので、この昔ばなしとの関係もあったのかな、などといろいろ思いをめぐらすことができます。

 

地元に伝えられている格言です。

「もちつく家はもちゃつかん。もちゃつく家はもちつかん。」

※「もちゃつく」とは「もめごとがおきる」ことの方言です。

 

家族や地域のひとびとが心を合わせて、「千本もちつき」のようにお互いに助け合っていくことが大切だと教えてくれます。

 

 

 

 

「赤石・千本もちつき」と「潮垣(しおがき)」のおはなし

今年は、当初心配していたよりも雪が少ないですが、まだ寒い日が来ることも考えられます。
但馬地域の国道の状況は、「豊岡河川国道事務所」のホームページ をご覧ください。

兵庫県の道路状況がよくわかる「兵庫県道路総合管理システム」の道路情報は こちら をごらんください。

但馬地方の雪情報は、「たじま情報特急」のホームページ、「たじま雪ゆき情報」や天気予報のページを参考にしてください。「たじま雪ゆき情報」は、こちら

 

豊岡観光協会のフェースブックものぞいてみてください。豊岡の話題や、積雪情報などを、随時更新してお知らせしています。

 

 

最近では珍しくなった「千本もちつき」が、豊岡市赤石の兵主神社で行われます。

2月17日(日)、朝早くから地元の氏子たちが、五穀豊穣・無病息災・家内安全などを祈願しながら、1回に4斗を蒸すことができる大きな蒸し桶でもち米を蒸しあげ、午前10時ごろから4人のつき手が、順序良く「ホイ、ホイ」と気を合わせて、棒状の杵を使ってつきあげます。

写真は、以前のもちつきのようすです。

 

もちつきに先立って、氏子たちによりお堂のまわりを回って、千本のお札を納める「おせんどさん」とよばれるお参りがあります。

つきあがったもちは、あんもちにして神前にお供えし、11時ごろから神事が行われます。

神事が終われば、あんもちを各家庭に持ち帰って、家族みんなで健康と安全を願いながらいただきます。

神社の参道横には、「赤石」という地名のもとになったといわれる「赤い石」がみられます。

 

この地域には、「潮垣」の昔ばなしが伝わっています。

近年まで、円山川に近いこの地域は、深い沼地の田であり、現在のように土地改良がされるまでは、腰まで泥につかりながら「田舟」を使いながら苦労して稲作をしていました。

 

その昔のお話です。

毎年、夏になり日照りが続くと、円山川から海の塩水が上がってきて、田畑が枯れてしまい、農民はみな困っていました。

ある日、どこからかやってきたおさむらいが、村人の難儀を見かね、海水を防ぐ堤防「潮垣」を作るよう知恵を授けました。

しかし、農民たちは生活に余裕もなく、ましてや資金もないので、誰もこのとほうもない話に乗りませんでした。

そこでおさむらいは、「工事にかかる金は知り合いが助けてくれることになったので、心配はいらない。」と村人を説得し、工事にとりかかりました。

完成間近になって村人がお金の心配をすると、「もうすぐ金がこう。(お金が来るだろう)。」といって、かまわず工事を進めさせました。

りっぱな堤防が完成したので、村人がもう一度催促すると、さむらいは「あれはウソだ。こういわないとだれも取りかからないので、悪いがみんなをだまして工事をさせた。」と言って、いきなり腹を切って自害してしまいました。

村人たちはびっくりしましたが、りっぱな「潮垣」のおかげで、今まで毎年悩まされていた塩水の心配がなくなり、おコメもたくさん取れるようになりました。

村人たちは、誰とも知れないおさむらいに感謝し、その霊を弔うため地元の兵主神社の境内に「若宮神社」を建て、毎年供養するようになったということです。

「但馬の昔話2」(加芝輝子著・豊岡市立図書館蔵)参考

 

 

兵主神社は、地元の人によると天智天皇白鳳時代の創建と言われ、醍醐天皇の時代延長9年(927年)にまとめられた「延喜式」にその名があるそうです。

もちつきの由来は、昭和27年の火災のため資料が残っていませんが、約220年前の寛政5年(1793年)に神社を再建した時の棟札に「八五郎 餅米壱俵」の記載がみられるので、そのころすでにもちつきは行われていたのではないかと言われています。

「千本もちつき」は、建物や堤の工事などの時の「土がため」のようすをあらわしているともいわれますので、この昔ばなしとの関係もあったのかな、などといろいろ思いをめぐらすことができます。

 

地元に伝えられている格言です。

「もちつく家はもちゃつかん。もちゃつく家はもちつかん。」

※「もちゃつく」とは「もめごとがおきる」ことの方言です。

 

家族や地域のひとびとが心を合わせて、「千本もちつき」のようにお互いに助け合っていくことが大切だと教えてくれます。