兵庫県豊岡市・養父市・朝来市・香美町・新温泉町
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清らかな渓流が流れる原生林
県の天然記念物に指定されている「和池(わち)の大カツラ」は渓流にまたがって根を張った巨木で、樹高約38m、幹まわり約16m、樹齢は1000年を越えるといわれています。主幹は支幹の太さ3m内外の樹叢10数本に囲まれ、樹冠幅は東西に各10m、南側16m、北側10m。「但馬高原植物園─瀞川平─」の園内、うっそうとした原生林の森に立つ老齢の巨木は神秘的な雰囲気を漂わせています。
「カツラの木は一里四方の水を集める」といわれるように、標高約700mの高地にあって、その根元からは1日に約5000tもの清水がこんこんと湧き出ています。水温は年間を通して約10度と非常に冷たく、極めて純度の高い軟水で、色度、濁度、臭気、味など、どれをとっても優れた名水として知られています。コーヒーやお茶、料理などに適し、肌にもやさしい水です。また、古くから下流の田畑をうるおし、人々の暮らしを支えてきた命の水でもあります。この湧き水は高坂川の源流で、100mほど下流にはバイカモの群生地が、200m下流には和池の大池を中心とした湿地帯が広がっており、一帯は「但馬高原植物園─瀞川平─」として整備されています。
但馬高原植物園
場所:兵庫県美方郡香美町村岡区和池709

応挙が作り上げた障壁画の立体曼陀羅
高野山真言宗 亀居山 大乗寺は聖武天皇の御代天平17年(745)、行基菩薩自ら聖観音菩薩立像を彫刻し祀ったのが始まりとされています。一時衰退しましたが、安永年間、密蔵法印が伽藍の再建につくし、弟子の密英上人が後を継ぎ伽藍を完成させました。
その際、客殿に円山応挙とその一門の手による障壁画が描かれ、そのため別名応挙寺とも呼ばれ、多くの人々が訪れています。
円山応挙(1733~1795)は、はじめ狩野派の石田幽汀に学び、その後、自然の写生に専念したり、西欧の遠近法などの手法を学び、彼独特の新しい画風としての写生画を完成しました。その写生画はあらゆる階層の人々に支持され、画壇の第一人者となり、円山派の祖として仰がれた人物です。
その昔、円山応挙は生活が苦しく絵を売りながら、何とか暮らしを支え、絵を学んでいたころ、大乗寺の住職・密蔵上人と出会いました。上人はまだ無名であった応挙の画才を見抜き、即座に学費を援助しました。応挙にとって大乗寺の密蔵・密英住職は、忘れることのできない恩人だったのです。
天明7年、当時55才になっていた応挙は、古くなって改築の時期がきていた大乗寺伽藍の話を聞きつけました。以来8年間、5回に渡って大乗寺を訪れ、子や弟子の呉春・長沢芦雪らとともにご恩返しとして、多数のふすま絵や軸物を描いたと伝えられています。
大乗寺の中心に位置する仏間の十一面観世音菩薩(国重文)を守る立体曼陀羅が、客殿13室に障壁画として165面も描かれ、すべて国の重要文化財に指定されています。
大乗寺
場所:兵庫県美方郡香美町香住区森860