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千余年にわたり、金・銀・銅・亜鉛・スズなどを産出した鉱山

史跡生野銀山は1,200年以上の歴史を誇る日本有数の鉱山です。江戸幕府の直轄鉱山として栄え、明治には日本初の官営鉱山となりました。昭和48年に閉山しましたが、観光坑道では当時のままの岩肌や、電気仕掛けの人形により再現された作業風景を見ることができます。平成19年には、銀が発見されてから1200年を迎え、「生野銀山開坑1200年事業」が盛大に執り行なわれました。

■兵庫県朝来市生野町小野33-5
■9~17時30分(11月は17時・冬季は変動あり)
■年末年始 12~2月の火曜休
■シルバー生野 079-679-2010




歴史遺産・近代化遺産が数多く残る鉱山町


JR生野駅周辺の口銀谷地区は、トロッコの軌道跡、カラミ石(鉱石のくずを固めたもの)の塀など鉱山町独特の風情が残る地区。郷宿を改修した「生野まちづくり工房井筒屋」や「旧鉱山官舎」、特産品販売やレトロな品物を展示した「銀山まち口番所」、洋風建築の旧生野警察署など、和洋が混在するレトロなまち並みはタイムスリップしたかのよう!まち歩きにぴったりで、この秋は先人が遺した産業遺産をめぐる旅へ出かけてみよう。
「トロッコ軌道跡」は鉱石輸送のため大正9年に建設された電車専用道。連続したアーチは、土木遺産として評価されています。また、全国から多くの坑夫が集まったまちなので、様々な周波のお寺が建立された寺町が形成されています。お寺にカラミ石が多く使用されているので探してみよう!

想い出の味 生野ハヤシライス

昭和30~40年代に生野鉱山の社宅でよく食べられていたハヤシライス。都会のハイカラな洋食は、生野の子どもたちに強烈な印象を残したといいます。そんな思い出の味を復活させようと、生野の町には個性あふれる「生野ハヤシライス」を提供しているお店が点在。生野ハヤシライス巡りをしてみてはいかが?

■生野ハヤシライス部会 079-679-2233
お土産にはレトルトをどうぞ。味はトマトベースの「昭和30年代」とデミグラスソースの「昭和40年代」の2種類があります。


東洋一の生産高を誇った選鉱場

明治11年の鉱脈再発見により、生野鉱山の支山として稼働。その後、明延鉱山で採鉱された鉱石の選鉱所となり、山の急斜面に東洋一の生産高を誇った巨大な建物がありました。現在は公園整備され、隣には生野鉱山の開発に貢献したフランス人技師・ムーセの住居が残っています。明治20年、神子畑に移築され、事務舎として利用されました。現在は「ムーセハウス写真館」として、公開されています?

■兵庫県朝来市佐嚢1826-1 
■ムーセ旧居:10~17時(※土・日曜のみ公開)
■12/29~2月末は休館


鉱石の道を支えた日本最古の鋳鉄橋

「神子畑鋳鉄橋」は、「鉱石の道」建設の際架けられた鋳鉄橋で国の重要文化財に指定されています。明治18年の架設で、日本最古の鋳鉄橋であり、鉄橋としても日本で3番目の古さを誇ります。設計から施工まで日本人で行われ、欄干や格子の横材には日本的な意匠がみられます。また、「羽渕鋳鉄橋」は神子畑鋳鉄橋と同じく、「鉱石の道」建設時に作られた鋳鉄製二連の橋。「羽渕のめがね橋」とも呼ばれ、美しい洋式の橋です。平成7年に架橋時の姿に復元し、現在の場所へと移設されました。

天空の城「竹田城」

国史跡「竹田城跡」は「日本100名城」に選定された日本屈指の山城跡。虎がふせているようにも見えることから別名「虎臥(とらふす)城」とも呼ばれ、但馬の守護大名・山名宗全が出石城の出城として築いたと伝えられています。特に秋から冬にかけてのよく晴れた早朝に雲海が発生し、まるで空中に浮かんだような姿を見ることができます!写真は竹田城跡正面に位置する立雲峡からの眺め。


日本一の錫の鉱山

奈良・東大寺の大仏鋳造の際に、明延産出の銅が使用されたと言い伝えが残る古い鉱山。明治42年に錫鉱が発見されて、「日本一の錫の鉱山」として栄えました。昭和62年に閉山しましたが、現在公開されている650メートルの探検坑道では、むき出しの岩肌や地面、削岩機など、当時のままの姿を見学することができます。

■兵庫県養父市大屋町明延1184
■あけのべ自然学校 079-668-0258




明延鉱山の往時を偲ぶ


「明盛共同浴場」は鉱山生活者の共同浴場で、入浴料は無料でした。最盛期には4千人が暮らしていた明延の町。芋の子を洗うような混雑ぶりだったそうです。「両松寺」は明延鉱山産出の銅で造られた梵鐘が残る寺院で、文禄5年(1596)の銘文が刻まれています。また、「あけのべ自然学校」では川遊びや天滝登山、石うす体験・クラフト作りの他、鉱山の歴史(探検坑道)も体験学習できます。
※写真左から明盛共同浴場(第一浴場)、両松寺、あけのべ自然学校
明神電車(一円電車)

昭和20~60年まで鉱山従業員の通勤電車として、利用されていた明神電車は昭和4年に開通。明延~神子畑間を運行していました。昭和24年に従業員運搬用に客車もつけるようになり、一般の乗客も運ぶようになりました。昭和27年、1日の乗降数を数えやすくするために乗車料が1円となり、「一円電車」の愛称で親しまれました。

■兵庫県養父市大屋町明延
■「鉱石の道」明延実行委員会事務局 079-669-0120



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